「きよめられて、豊かに与える人へ」5/5説教

  5月5日説教 「きよめられて、豊かに与える人へ」

隅野徹牧師(日本基督教団 山口信愛教会)

聖書:ルカによる福音書11:37~44

 41節で教えられていること、それは「私達は罪に満ちていて体の内側、つまり心は汚いけれど、その心を施すこと、つまり人に与えることで内側は清められるのだということです。心が汚い!どうすれば清くなれるのか…そう悩むことは多いのではないでしょうか。私もそうでした。「こんなに汚い私の心など誰にも見せたくない。まして、誰かに心を与えるなんてできない・・・」そんな風に考えていた時期はありました。
 しかし、自分の罪深さを認めた上で、「神様、こんな汚ない私ですが、周りの人々に愛を届ける器として用いて下さい」と祈り、自分を神の前に差し出したとき、何かが変わったと感じています。もちろん、今現在、私は「完全に清められた」わけではありません。まだまだ汚い私です。しかし、今日の箇所を折に触れて思いだしたいと願います。「足りない私ですが、周りの人々に愛を届ける器として用いて下さい」と祈り続けます。皆様も、自分の内側が清められることを心から願っていただき、同じように祈る思いを与えられたなら幸いです。