「ただ一筋の道歩みて」
<聖書>詩篇16:4~5 マタイによる福音書12:18~20
N姉
S23年(18歳時)に受洗、2年後 に献身の志を与えられて神学校進んだ。松永教会にはS34年に赴任し、その頃教会は牧師謝儀もままならい当 時、その4年目、何とかならいものかと、働くお母様の手助けにもなる“子どもを預かる”「ひかり園」の開設を思い立ち、認めて頂いた。それ以来、毎日、身を粉にして働いた。戦災で「信用」以外の全てを消失した兄弟(柳田雄三兄)の尊い労もあって、S40年には東梅田教会の解体古材を譲り受けて松永教会を建て替えた。
主は、救われた者を決して恥ずかめられないことを見させてただきました。イザヤを通して語られたように(マタイ 12 :18 ~21 )、その御名に根拠を持つ者には、必ず希望があること、燃え尽きそうになってもその 灯心を消すことのない御方は困難を乗り越えさせて下さる神さまであることを教えられました。そ の神さまを信じて、只管に歩んだのでした。私の今までの歩みを振り返るとき「測り縄は好ましいところに落ちた」(詩 16 : 6)とある如く、心からアーメンです。
『我らが仕える神は生きていませり』という確かな御方にお従いし、信仰を全うできるよう願っております。