9月16日説教
「イエスに従うこととは」
隅野徹牧師(日本基督教団 山口信愛教会)
聖書 ルカによる福音書9:51~62
アポロは、57節以下の教えは随分厳しいと感じられるかもしれません。でもここに語られているのは「信仰者は家族を愛してはいけないとか、大事にしてはいけない」ということではありません。私たちは、この世を生きる者として、この社会の一員として、家庭の中で、いろいろな責任を負っている者として、これは大事だ、これは優先にしないと、ということはいくらでもある、それは神、そして主イエスもよく分かっておられます。しかしその一方で「私たち人間が、イエスに従おうと思いつつも、いつしかそれを二の次三の次にしてしまうものであること」も、何より神、主イエスはご存知なのです。だからイエスは、そして聖書は私たちに「本当に大切なこと、最終的に最優先すべきことは何なのか」を教えているのです。
さらに、57節以下の教えを、51節からの「流れの中」で読むことがとても大切だと考えます。イエスは、ご自分が「天に上げられること」つまり十字架の死と復活と昇天との時がいよいよ近付いたことを意識して、その苦しみを受ける地であるエルサレムへと歩み出されたのです。この救い主イエスの歩みがあったからこそ、私たちが「罪から救われることができた」のです。その救いは私たちの力によって得られたものではありません。イエスご自身はご自身の言葉通り、「他に寄り道したり、無駄に時間を使ったりされず」「枕する所もないような「一途な歩みを」、十字架の死に至るまで歩み通して下さいました。そのイエスのエルサレムまでの歩みによって私たちには、「罪を赦され、新しい命に生きる」恵みが与えられたのです。