「家族の救いを切に願おう」6/7 隅野徹牧師

  6月7説教 ・聖霊降臨節第2主日礼拝
家族の救いを切に願おう
隅野徹牧師(日本基督教団 山口信愛教会)
聖書:ルカによる福音16:19~31

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 本日の聖書箇所は2週前の礼拝説教箇所の続きです。イエスがなさった「ある金持ちと、貧しいラザロという人」の譬え話のです。きょうはその後半部分を味わいます。中心に味わうのは27~32節です。

 まずおさらいを兼ねて、この譬え話の前半部分のあらすじをお話しします。                

 イエスが譬えられた金持ちはいつも、高価な服を身にまとい、毎日ぜいたくに遊びくらしていました。一方のラザロは、できものだらけだということが分かるほど、「着る物者もない貧しい人」でした。

 ラザロは金持ちの家の門前に横たわっていて、金持ちの食卓から落ちる残飯で腹を満たしたいものだと思っていました。しかし願いが満たされる様子はなく、犬が彼のできものをなめていたとイエスはたとえられます。健康状態が悪いのに、薬や医者に見てもらうお金もなかったのでしょう。貧しく、顧みられることもほとんどない人だということがわかります。

 この二人が地上の生涯を終えた後、それぞれどうなったかが22節以下に描かれています。

 ラザロは天使たちによって宴席にいる信仰の父アブラハムのすぐそばに連れて行かれた、そのようにイエスは語られます。これに対して金持ちはどうなったかというと、イエスは「死者が行く場所である陰府において、もだえ苦しむようになった」と話されるのです。

 この譬えの中でラザロが何か良い行いをしたことは書かれていません。しかし25節のアブラハムの言葉にあるように、生きている間に良いものをもらっていた者と悪いものをもらっていた者との立場が、死において逆転したとイエスは教えられているのです。つまりこの話は「ラザロから学ぶ教訓」というより、「金持ちから学ぶ教訓」としてイエスがお話しになったのです。

 2週前学んだこと、それは「この地上で生かされている間、隣人にどう接したか、どう愛したか」と「天の国に行けるかどうか」ということがと非常に関係する、ということでした。

 イエスが譬えられたこの金持ちには悔い改めなければならない罪がはっきり見て取れます。それは、自分の目の前に「食べる物がない、生きていくのに苦しんでいる」人がいるのに、それを無視したことです。

 それで金持ちは陰府に行くのですが、そこでもまだ自分中心でした。天国にいるラザロを奴隷のように使おうとします。

 しかし26節、金持ちとラザロのいる神の国とは非常な隔たりがあって、越えることはできないこと。またアブラハムが金持ちの願いをたとえ叶えてあげようと思ったとしても無理なのだということをアブラハム自身はっきりと答えるのです。

 これは神御自身がはっきりと、救いと滅びの境界線をお定めになっておられるということの表れです。イスラエルの父祖であり、信仰者の父であるアブラハムといえどもそれを越えることはゆるされていない…そのようにイエスはこのたとえを通して教えられているのです。

 この世で命が与えられ、生かされている間に悔い改めるか、神によって自分を変えていただくことが「いかに大切か」が分かりましたが、今日は、そのことを更に深く掘り下げます。

 金持ちは、地上で生きている間、「今が楽しければいい、自分さえよければよい、自分の生き方で悔い改めるべきところは特にない」と思って、贅沢三昧な生き方をしましたが、「それではいけなかった」とことに気づきましたが、時すでに遅し!だったのです。では…せめて何をしようと願ったのでしょうか?

 直接に語りかけられたのは「金に執着するファリサイ派の人々」ですが、私達にも「迫りくる」メッセージなのではないでしょうか。味わいましょう。

 今日私が示されているメッセージのポイントは2つです。

 ①一つ目は、金持ちの陰府からの叫びを心に留めることです。

 それは27節、28節と30節で見て取れます。

 金持ちは、「もう自分は取り返しがつかない。救われることはない」と考え、少しだけ他人のことを考えはじめます。それで27節と28節、「まだ生きている自分の兄弟たちのところに遣いを送って、こんな苦しい場所に来ることのないように、よく言い聞かせてほしい」と願ったのです。

 しかし29節でアブラハムは金持ちの願いを断わります。それでも金持ちはなお食い下がって30節の言葉を発するのです。

 「いいえ、父アブラハムよ、もし、死んだ者の中からだれかが兄弟のところに行ってやれば、悔い改めるでしょう。」

 この言葉には大事なことが入れられています。それは「悔い改め」という言葉です。彼の五人の兄弟たちがこんな苦しい場所に来ないですむためには、「悔い改めることが必要」だと金持ちは悟っています。イエスはこの譬えを通して「生きている間に悔い改めることの大切さ」を教えておられるのです。

 悔い改めるとは…一言でいうと「神のもとに立ち帰ること」です。単にこれまでの生き方を反省するということとは違うのです。神のもとで、神から命を与えられ、神からの恵みによって生かされていながら、その神を悲しませて生きていることに気づき、神のもとに帰ってくることです。

 この譬えの金持ちのように「自分の力や持ち物で生きていけるように錯覚している」限り、悔い改めて生きることは出来ないのです。

 金持ちが「このままではまずい」と思うぐらいですから、金持ちの兄弟たちも「自分に与えられたものを自分の勝手に浪費していた」のでしょう。自分が所有しているものが、実はすべて神から与えられたものであることに気づいて、神の前に自分の罪、生き方を悔い改めてほしい…そう願って、死んだ者の中から誰かを、兄弟のところに送ってほしい…と懇願しているのです。

 この切迫感を皆さんお感じいただいたでしょうか? この世を去り、神の裁きを受けてからでは遅い!だから生きているうちに何とか悔い改めをしなければならない…。このメッセージを私達も重く受け止めましょう。

 ②つ目の大切なポイントは「御言葉に耳を傾けてこそ、悔い改めに導かれる」ということです。

 これは29節、31節のアブラハムの言葉の中に示されています。

 まず29節ですが、ラザロを兄弟たちのところに遣わしてほしいと願う金持ちに、アブラハムは「お前の兄弟たちにはモーセと預言者がいる。彼らに耳を傾けるがよい」と言いました。神がご自分の民にお語りになった御言葉に耳を傾けなさい、それを記した聖書をちゃんと読みなさい。そうすれば、こんな苦しい場所に来ることがないようにするには悔い改めることが必要だとわかるはずだ!というのです。

 これは私たちに対して語られている言葉でもあります。私たちには旧約新約の聖書が与えられ、御言葉が毎週の礼拝において説き明かされています。主の助けによってそれを読み、また聞いていけば、悔い改めと救いの恵みが分かるのです。それをしっかり読んでいるなら、心の糧としているなら、聖霊が働き、必ず悔い改めに導かれるのです。これは間違いのない真理です。

 しかし金持ちは、すぐにこの真理を悟りませんでした。30節で「死んだ者の中からだれかが兄弟のところに行ってやれば、悔い改めるでしょう」といいました。

 つまり何が言いたのかというと「聖書だけでは不十分」という彼自身の御言葉に対する考え方なのです。聖書を読み説教を聞いているだけでは、悔い改められない。でも死んだラザロが復活して兄弟たちのところに現れて、「先に死んだあなたがたのお兄さんは炎の中で苦しんでいますよ」と告げてくれたら、きっと彼らは悔い改めるに違いない!と言っているのです。

 しかしこれに対してもアブラハムは31節の言葉をもって断っています。「もしモーセと預言者に耳を傾けないのなら、たとえ死者の中から生き返る者があっても、その言うことを聞き入れはしないだろう。」

 これは、目の前で神の奇跡が起きて、神の存在を一瞬認めても、それだけでは十分だということです。奇跡的に復活した人が「陰府はこんなに怖い場所なんだぞ!」と恐怖を煽り立てても」ただ恐怖心をもっただけでは神の国に入れないのです。本当に必要なのは「神の前に謙って神の言葉をきき、自分の罪を認めて悔い改めること」必要不可欠なのです。

 新型コロナウイルス感染拡大の影響が広がる今、「神がいるならその証拠を見せてくれ!」というような声があちこちから聞こえてきます。一方でいたずらに「世の終わり、地獄」というようなことを強調して、人々に恐怖心を与え、扇動しようとする人たちもいます。しかし、今私達に最も大切なこととして主ご自身が示されているのが「神が私たちに語りかけておられる御言葉を本当に聞こうとする思い」なのです。これがなければ、私達が天の国に行けるために必要な「悔い改め」は起こらないのです。

 私達は今回みたこの二つの大切なポイントを心に留めましょう。陰府の本当の恐ろしさを私達はよく分かっていません。そんな私たち達に聖書は、そしてイエスは「そこに行かないように、この地上にいるうちに悔い改めること」を勧めておられます。私達の周りの多くの方が「自分の罪に気づかずに、悔い改めずに」生きています。ぜひ時のある間に、主のもとにお連れしましょう。

 そのためには、「奇跡的なことが起きるのを待つ」のではなく「陰府の恐ろしさで脅」すのではなく、地道に聖書の言葉を伝えていきましょう。証していきましょう。私達自身が聖書の言葉を大切にして日々生きているなら、御言葉に聴くことの大切さは相手の方に証されると信じています。地道に御言葉と共に生きてまいりましょう。

 (祈り・沈黙)

 

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