「ただ恵みによって召し出される私たち」1/14 隅野徹牧師


  1月14日 降誕節第3主日礼拝
「ただ恵みによって召し出される私たち」隅野徹牧師
聖書:ガラテヤの信徒への手紙 1:11~24

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 新年2回目の主日礼拝を迎えました。新年早々、コロナに感染してしまい、直接皆さんの前に出てメッセージが語ることができないのは大変残念ですし、今日礼拝後に予定されていた「教会懇談会」も急遽延期となってしまい本当に申し訳ございません。

議題として取り上げるものの一つが「平日に気軽に集える、交わりをどう作るか」ということでした。この議題を考慮し、聖書日課の中から選んだ聖書箇所が「ガラテヤ書111節以下」でした。この聖書箇所では「福音」という言葉が何度も出てきます。

「福音」とは、何の気なしに教会で語られることが多い言葉ですが、本来は「喜ばしき知らせ」という意味です。

聖書でいうところの「福音」とは、罪人の私たち人間を救うため、神が「その独り子イエス・キリスト」をこの世にお送りくださり、私たちと共に生きてくださったを指します。

もちろんそれだけでなく、私たちを愛する愛ゆえに「罪の身代わりとして、十字架にかかってくださった」そして死の力を打ち破って、「復活」してくださり、私たちに永遠の命に至る道をひらいて下さった…それが「喜ばしき知らせ・福音」なのです。

本題に入る前に、冒頭部分の11節と12節を見ます。【※よんでみましょう】

パウロは「手紙を宛てたガラテヤ地方のクリスチャンだけでなく、地中海沿岸の多くの人々にイエス・キリストによる福音」を伝えたのですが、それは「人から受けたものではなく、イエス・キリストの啓示によるのだ」と言い切っています。

つまり、誰かが考えたのでもなければ、自分で考えたのでもない…ただ神によって不思議に導かれて生きてきたのがパウロの人生なのですが、その中心に「イエス・キリストから直接受けた福音があるのだ!」ということを伝えているのです。

私たちは、パウロのような「元迫害者」でもなければ「ダマスコの回心」のような劇的体験はないかもしれません。

しかし!「罪の赦しを知り、神の前で義とされるという福音に生かされてきた」という点では、パウロと何ら変わりません。

残念ながら今日はできなかった「教会協議会」で、みなさんと分かち合いたかったのが「キリストの福音に生かされている、自分自身」をはっきりと意識し、その生き方を「自然に表す」ことの大切さでした。

 この箇所では、パウロが「福音をしって、どのように生き方が変えられたか」その証しがなされています。13節以下の御言葉を味わってまいりましょう。

まず13節から15節です。ここを読んでみましょう。

この言葉が語られる背景に何があるかというと、ユダヤ人の中で「パウロの悪口をいうひとが後を絶たず」そのひとたちが、わざわざガラテヤ地方まで来て「言いたい放題をいっていたから」なのです。

特に「悪口を徹底的に言っていた人たち」ほど、旧約律法を真面目に学び、「正義感にあふれたひと」だったのです。

それはパウロが「異邦人」つまり「外国人」に説いていた「福音」が、旧約聖書の教えと違っている!ということに原因がありました。

そして何より「もともとクリスチャンたちを迫害していたのがパウロだぞ」ということが言われていたのです。

もともとパウロと同じ純粋な「ユダヤ主義、律法主義」だった人たちは、彼と同じように「キリストのことを神を冒涜する、極悪人だ」と捉え、そのキリストを信じる者たちを「律法の違反者」として逮捕していたのです。

それがある日パウロが、全く反対のことを言い出し、しかも「キリストこそ福音だ」と伝えていると聞いたのですから、「裏切られた」という思いが強烈によぎったでしょう。

 その思いは、エスカレートし、パウロについてあらゆる悪口、人格否定の言葉が広がっていった…そのような背景で、この手紙は書かれているのです。

少し先の20節に出る「神の御前で断言しますが、うそをついているのではありません」という言葉も、パウロが「あいつは突然真反対のことを言い出す大ウソつきだ!」との批判がされていたことを表しています。         

14節では、パウロ自ら「かつて熱心な律法主義者であった」といっています。そのパウロが「神の前に義とされ、救いを得るのに、律法が条件ではない」とかつてと真反対のことを生きるようになったことをはっきりと言っているのです。

私たちはどうでしょうか? 以前、まったく違う考え方や行動をしていたのが、全く変えられたとして、「昔の自分が、真逆の考え方だった」と声を大にして言えるでしょうか?

なかなか言えないと思います。

 パウロは「自分は変わったのだ」とはっきり語り続けるのです。「ウソつき呼ばわれ」されることを覚悟で!

それは、どんなに人に悪口を言われようとも、誤解されようとも「私はキリストとの出会いにより生き方が全く変えられたのだ!」ということを伝えたいからでした。変えられた喜びに満たされている…それが、パウロが逆風の中でも「キリストの僕」として生きることのできたエネルギーだったのです。

キリストに出会って全てが変えられたパウロが福音の宣教者として召されるのです。同胞のイスラエル人ではなく異邦人への「伝道者」へと召された。そのことがパウロなりの深い言葉で書かれた14節から16節は後程、深く掘り下げます。

16節から19節にはパウロがどのような準備期間を経て、「異邦人伝道を始めたか」について説明がなされています。  (※16節から19節をよんでみましょう)

神からの幻によって「異邦人伝道の召し」を受けた後は、人間的なアドバイスを受けず、アラビア半島に退いて、静まって神の前に出ようとしたのだと思います。その後、回心の地である「ダマスコ」に戻ったと書かれています。

その期間は14年にも及ぶといわれています。聖書はそのときパウロが何をしていたかは具体的に記していません。恐らく長い間の訓練と忍耐の時が必要で、その備えに14年かかったのだ、ということでしょう。

その3年後にパウロはエルサレムに行き、使徒たちと会い、パウロは「ケファ」つまり「ペトロ」と「主の兄弟、ヤコブ」だけにあったのだ。ペトロには「知り合いになろうとした」とか「15日間彼のもとに滞在した」という言葉を使っています。ヤコブには「会った」という言葉を使っています。

これは、「教えを受けに行くため」、あるいは「ペトロ、ヤコブの権威によって認めてもらうため」という誤解をうまないための言い方だ、と理解されています。

パウロはあくまでも、「自分はキリストに出会ったことが、自分も使徒として働く理由なのであって、他の人から認められた権威によって教えているのではないのだ!」ということを強調しようとしているのではないでしょうか。

 使徒言行録の9章26節には「サウロはエルサレムに着いて、弟子たちの仲間にはいろうと試みたが、みなは彼を弟子だとは信じないで、恐れていた」という言葉が出ます。そして、バルナバが説明してようやく人々に受け入れられたと続いて記されています。

エルサレムの初代教会で2人しか会わなかったというよりも「パウロをあってくれたのは、バルナバ以外に2人しかいなかった、それだけ、嫌われていた、誤解されていた」と読むべきではないかと私は思います。

そのことを頭に入れて、続く20節から24節を読んでみましょう。

シリア・キリキア地方の教会の人たちも、もともと知り合いというよりは「昔、自分たちを迫害してきた、あのパウロ」という感じで警戒のまなざしを向けていたことでしょう。

しかし23節、この地方の人々は「かつて我々を迫害した者が、あの当時滅ぼそうとしていた信仰を、今は福音として告げ知らせている」といっているのです。

この言葉は「簡単に」発せられたのではありません。パウロにとって長い長い備えの期間がありました。紆余曲折がありました。パウロがキリストを受け入れて、一生懸命祈り備えても、それでも人々から全く受け入れてもらえない。初代教会のメンバーでさえ多くは「受け入れ拒否だった」 そこを通ったあとの、この23節の言葉なのです。

私たちはどうでしょうか?周囲に簡単にキリストを証ししたら、簡単に信じてもらえた…ということがあるでしょうか?

 私には「そのような経験」は全くありません。

やはり、誤解されながら、時間がかかりながら、ようやく相手に受け入れてもらえるのが「クリスチャンとしての自分の証し」なのではないでしょうか。

24節の「わたしのこと」つまり「パウロのことで相手が神を褒めたたえた」というのは、迫害者が劇的に真反対の生き方をしたから、だけではないと私は考えます。

キリストと出会い、劇的に変えられた後、誤解されたり苦しいことが続いた、しかしそれでも「あたらしくされたキリストと共に歩む生き方」を曲げることがなかった。だからこそ「神を褒めたたえた」のだと考えます。

最後にもう一度、14節から16節を深く味わって、メッセージを閉じます。

イエス・キリストから見れば、回心する前のパウロは敵対している者でしかなかったのです。しかしキリストはパウロを「福音を宣べ伝える者」と召されたのです。

自分の中に何一つ誇るべきものがない、それにも関わらず自分が救われ、召しだされた」のです。

これは、一方的な神様の恵みによる選びとしか言いようがないことでした。それをパウロが自分なりの表現で表しているのが15節です。

「わたしを母の胎内にあるときから選び分けた」つまり「まだ神の前に何か良い業ができる」その前から、神が一方的に恵み選んでくださった。これだけが、自分が今、キリストの福音の伝道者として立つことが出来ている根拠なのだ!」

私たちも同じなのです。私たちがキリストを選んだのではなく、何もない私たちを神はキリストを通して選んでくださり、出会ってくださった。そしてパウロと同じように「練られた人格へと変えて下さり」そして「キリストを証しするものとして、召して下さる」のです。

パウロと同じ働きは誰にもできませんし、神も全く同じことを求めたりはなさいません。自分らしく「不思議と召していただいた、その恵み」に感謝して、周りの人に証ししてまいりましょう。

(沈黙・黙祷)